名東区に移転してから、私は大きな決断をしました。保険診療をやめ、完全自費・完全予約制へと切り替えたのです。長年「接骨院三幸堂」として地域に根ざしてきましたが、保険診療にはさまざまな制約があり、自分が本当にやりたい施術ができないもどかしさが常にありました。「私は何のために施術家になったのか。本当に治したいからではないのか。」そんな葛藤が積み重なり、ついに移転を機に大きく舵を切ることにしました。
当然、移転直後は厳しい日々が続きました。岡崎時代のように待合室が子どもたちでいっぱいになることはなく、電話が鳴るかどうかに一喜一憂しました。「なぜ保険が使えないのですか?」と尋ねられるたびに、その理由を一つひとつ説明し、自分の考えを伝えていく必要がありました。それでも少しずつ、「先生の考えに納得したから来ました」と言ってくださる方が増えていき、少しずつ院の形が整っていきました。
完全自費にしたことで、患者さんとの向き合い方は大きく変わりました。保険診療のときは「今日の痛みを取る」ことが中心になりがちでしたが、自費では一歩踏み込み、「この方が本当に望んでいることは何か」を聞き出すことが求められます。腰痛ひとつとっても、「今日だけ楽になればいい」という方もいれば、「再発しない体を作りたい」という方もいます。その違いをしっかり理解し、一緒に未来を見据えた施術プランを考えていく。これこそが、自費施術の本質だと感じています。
また、数をこなすことから、質を大事にする方向へと変わったのも大きな転換点でした。岡崎時代は、1日に何十人も対応する日もありましたが、今は一人ひとりに時間をかけ、体の背景や生活習慣まで含めて寄り添うことを大切にしています。
この頃から、物理療法機器の導入も進めました。インディバアクティブ、ハイチャージ184など、アスリートの世界でも評価されている機器を思い切って導入しました。大きな投資でしたが、「本当に良いものを患者さんに届けたい」という思いから決断しました。実際に使用してみると、慢性症状の改善や疲労回復、スポーツ障害のケアに大きな力を発揮し、私の臨床経験を裏打ちしてくれる存在となりました。
ただし、機器はあくまで補助です。私が一番大切にしているのは「手当て」、つまり自分の手で患者さんの体に触れること。体の反応を直に感じ、その人に必要な調整を施していく。その上で、必要に応じて機器を組み合わせていく。応用が活きるのは、基本がしっかりしているから。これはラグビーの現場でも学んだことですが、今の施術にもその考え方は根付いています。
患者さんの層も少しずつ広がりました。スポーツ障害や慢性的な不調を抱える方が増え、改善のために来院されるようになりました。ただ、猪高台での院は2階にあり、ここが大きな課題になっていました。ぎっくり腰や肉ばなれといった急なケガの方、足腰が悪い高齢の方にとって、階段を上ることが大きなハードルとなっていたのです。中には「行きたいけど階段が登れないから諦めます」と言われる方もいて、本当に心苦しく思いました。スポーツ障害を得意としていても、来院そのものが難しい環境では、力を発揮できません。
だからこそ、2025年8月、私は思い切って名東区赤松台の1階に移転しました。より多くの方に安心して通っていただける環境を整えるための決断でした。もちろん「猪高台だから通っていた」という方が来られなくなったことは残念で、申し訳なく思う気持ちもあります。それでも、長く地域に根ざし、より多くの方を支えるには、この環境改善が必要だと考えました。
さらに、この移転を機に制度上の理由から屋号を変更せざるを得なくなり、新たに「名東ごとう接骨院」として再スタートを切ることになりました。
屋号は変わっても、根本にある思いは何一つ変わりません。患者さんの痛みや悩みに真剣に向き合い、一人ひとりが自分らしく生活できる体を取り戻す。そのために全力を尽くす。この信念を持って、私は今も施術を続けています。
こうして、岡崎から名東へ、そして「三幸堂」から「名東ごとう接骨院」へ。形は変わっても、積み重ねてきた経験と学びはすべて今につながっています。そして今が、私にとって新しい挑戦の始まりなのです。

